我が家流親子のコミュニケーション

今 読んでいる江原啓之さんの本に、
「添い寝をすると親子のオーラが融合して、心が通いやすくなる」と書いてありました。
人間の絆

これを言うと驚かれますが、うちは娘が大人になっても今だに和室で川の字で寝ています。
小学生の時に部屋は与えましたが、娘の部屋にエアコンがないので、近年の異常気象、暑い夏に扇風機では耐えられず、エアコンのある部屋に避難してきたのがきっかけだったと思います。
元々畳や和が好きな娘なので、ずっと居ついています。夜中まで自分の部屋でパソコンをやったりはしていますが、いざ寝るときになると私の横に寝にきます。(添い寝ではなく、1人1人布団を敷いています。)
傍から見たら、親離れ&子離れしていないように見えるかもしれませんが、私たち自身は全然気にしていません。
他人に話すと、引かれるようなことでしたが、江原さんのこの言葉を見たら、とても良いことのように思えてきました。

もう一つ、他人に話すと驚かれることは、娘とお風呂に一緒に入ることです。生活時間帯の関係でか、入りたい時間が重なるということもあるのですが、上がるのを待つと遅くなるので、どちらかが先に入っていたら、入りたいときに途中から入るのです。
お風呂という場所は、不思議で、裸の付き合い、という言葉がありますが、なぜかいろんなことを話せる場でもあるのです。
時には、ちょっとした何かの感想から芸術論にまで発展したり、精神論に発展したりして、とても深~い話になったりするので、のぼせそうになりますが。。。(苦笑)

お互い依存しているように見えるかもしれませんが、精神的には、別々の人格であって、話していると、お互い考えていることが違ったり、似ていたり、親の私のほうが勉強になったりすることもあります。
そんな娘の意見を尊重、尊敬することもあるし、共感することもあります。
普通に生活していると、私は家事、娘は趣味や、仕事関係のことでパソコンに向かうなど、お互いがそれぞれ自分のことをしているうちに、たいして話をしなかったりなどということになりがちです。
そういう時間の中で、普通は必要がない限り、改めて何かを話し合おう、なんて空気にはならないですよね。
娘の仕事が忙しいこの頃はそういうことも多いですが、お風呂という空間で一緒になると、心も身体も裸の付き合いになり、素の自分で思ったことを言い合える貴重な時間になります。

それから、もう一つ、私にとってありがたいことは、子供のころからずっと、娘は私のお腹の妊娠線を愛おしいと思ってくれていることです。
お腹の端のほうまでびりびりに割けて伸びた妊娠線を私は少し恥ずかしいと思っていました。
芸能人が子供を出産した後も、水着姿などできれいなお腹を露出しているのを見たりすると、妊娠線のないきれいなお腹で羨ましいな~と思っていた私に、娘は、自分がここにいた証だと、とても愛おしいと、言ってくれるのです。
そんなふうに感情を素直に表現できるお風呂というシチュエーション、親子(家族)どの年代でも一緒に入るのはおすすめです。
(元々私の幼少期は銭湯通いの家庭でしたので、親子のみならず他人との裸の付き合いにも抵抗がないのだろうと思います。)
お風呂はリラックスできる場所&時間。きっと気持ちをほっこり優しくさせてくれるから、会話も弾むのではないでしょうか。
ここでオーラの融合がなされているかはわかりませんが、きっと本質で話せるということは、融合されているのかもしれないですね。元々へその緒で繋がっていた存在、多分前世で深い関係だった魂、、、今世でお互い高め合うために引き寄せあった関係なので、(このへんは、江原さんの本にも詳しく書いてあるので興味のある方は「人間の絆」を読んでみてくださいね。)できるだけ本音で付き合っていきたいです。

お風呂も、寝るのも、今でも一緒、というと、なんだかべったりな親子のように思われそうですが、娘に言わせれば、わりと放任な親子関係です。
私としては、娘は結構しっかりした精神を持っていると思うので、信頼してもいるし、個人として尊重しています。
一人っ子なので、お互いの好きなものに引っ張り込んだり、一緒に出かけたり、服を共用したり、姉妹のような関係の時もありますが、過干渉はせず、お互いクールでもあるし、適度に仲が良いと思っています。

以前にも書いていますが、スキンシップ、タッチングは、安心感をもたらします。脳から幸福ホルモンが出るといいます。
幼い頃なら抱っこ、添い寝などはするでしょうが、大人同士でも、ハグ、ハイタッチ、肩揉み、握手など、何かしらスキンシップができれば、朝出かける前に元気が出たり、帰宅後疲れが癒されたりして、ストレスが軽減されるのではないでしょうか。
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